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皆さんは「鞄」という字を読めるでしょうか。
実はこの漢字は日本で明治時代に作られた漢字です。日本で作られた漢字を国字と言います。
明治時代まで日本ではバッグのようなものは日本にはなく、人々は風呂敷やきんちゃく袋を持ち歩くのが常でした。
ところが、明治7年(1874年)創業の鞄専門店の初代の谷澤禎三氏が本格的に西洋バッグの制作を始め、「革」という字と「包」を並べて「鞄(かばん)」という文字を考え、看板に掲げました。
明治22年(1889年)2月22日に上野の博覧会にお出ましになった明治天皇の目に止まり、「何と読むか?」お尋ねになったことをきっかけに、「鞄」の字が全国に広まったそうです。
 
ところで、私たちの学園の小学校の鞄があります。あれは有名な鞄製造業者が作っています。
あの鞄選定には深い思いが込められています。
私は平成7年の開校を目指して池田小学校の鞄や制服を選定していました。制服はなかなか良いものが決まらずに苦心していました。どのカタログも公立小学校の紺の上着の見本しかなかったのです。
そんな中で、たまたま制服業者が持ってきたカタログの外国の男の子と女の子が着たお洒落な写真があり、これがいいですと制服業者に言ったら、これは制服ではありません。こう言われたのです。
でも、うちは私立ですからどうしても、お洒落な制服を着せたいと頼んだところ、見本を作ってきてもらいました。
次に、問題になったのが、あの制服にランドセルは似合わないと思ったのです。だから、鞄製造業者を呼んで「あの制服に似合う鞄を作ってください」と頼んだのです。
ランドセルの会社にしたら、ランドセルでないものを作ってくれと言うので大変な仕事だったのです。下手をすると一番の売れ筋商品が売れなくなるかも知れないからです。鞄製造業者も自分たちの命運をかけた仕事だったそうです。ランドセルのように安全で軽くて長持ちするものを作らねばならない。会社でも池田学園とはどんな学校かと話題になったそうです。そうして、出来上がったのが小学校のあの鞄です。

中学校の、高校の鞄にせよ、いま皆さんが着ている制服にせよ、学校のシステムにせよ、学校行事にせよ、私たちが決めてきたものは、私たちが一生懸命考えたものであるし、思いをつぎ込んできたばかりです。
 
学校30周年を迎えるにあたって皆さんに覚えておいて欲しいことです。