奇跡のリンゴ

 今日の始業式の話はNHKもドキュメンタリー番組でとりあげられ、映画にもなった「奇跡のリンゴ」です。

 青森県弘前市に木村秋則さんという人がいます。木村さんはサラリーマンを辞め、奥さんと一緒にリンゴ栽培をしていました。リンゴは他の植物にくらべて病気や害虫に弱くて、リンゴの栽培には農薬が必要なのだそうです。でも奥さんの身体が一年に何回も散布する農薬の影響で散布したら数日寝込むぐらいだったそうです。

 そこで木村さんは無農薬によるリンゴ栽培を決意するのですが、当時、無農薬栽培は絶対に不可能な栽培方法と言われていたのだそうです。

 

 無農薬栽培と口では言いますが、何度も失敗を重ね、借金ばかりが膨らんでいく。木村さんのリンゴの木が死にかけていました。そのうち近所の農家からも孤立していったと言います。青森には「かまど消し」という言葉があるそうで「かまど」で食事を作る、即ち生活をしなくなり、家がつぶれるということだそうです。木村さんのリンゴ園で病気や害虫が発生するということは、周囲の農家には迷惑な話だったのです。

 

 歳月がたっても無農薬のリンゴは栽培できず、窮地に追い込まれた秋則はついに自殺を決意します。皆さんは絶対にそんなことをしてはいけませんが、木村さんは絶望感で1人で岩木山に向かったそうです。

 自殺の為のロープを木にかけ損なった。すると、彼はそこで自生した1本のどんぐりの樹を発見するのです。

 樹木は枯れることなく、また害虫も発生していなかった。秋則はその樹を見て、これはりんごの木でも同じことが考えられるのではないかと思う。これが奇跡の大逆転の糸口となります。

 木村さんは、雑草を抜くのをやめ、自然な状態で栽培し始めます。

大豆を撒き、雑草を生やす様になって3年目、全ての畑で農薬使用を止めてから8年目の春。畑の7つの花が咲いた。7つのうち2つが実をつけた。この年、晩秋になっても落葉するまでリンゴの木は3分の2以上の葉を残していたと言います。

 9年目の春、リンゴは真白い花を咲かせたそうです。奇跡のリンゴの誕生です。普通のリンゴを放置すると腐敗しますが、木村さんの奇跡のリンゴはそのまま萎びてリンゴそのものの芳しい香りを放つそうです。

 成功はそれ比例する努力を積み重ねた者、考え抜いたものに舞い降ります。

 みなさんの2学期が努力の上に、リンゴのように白い花を咲かせていきますように。