グアム島はマリアナ諸島で一番大きな島です。広さはちょうど鹿児島市ほどの島です。年間の平均気温は30度前後と温暖な島です。今はアメリカの準州・自治領的な扱いになっているそうです。

 第二次世界大戦の時には1941年から1944年まで日本軍が占領統治していました。当然多くの日本兵が出兵していた訳です。太平洋戦争のころは「大宮島」と呼ばれたそうです。

 

 この島に戦争が終わっても戦後の混乱で戦争が終わったことを知らずに戦闘状態でいた人がいます。

 横井庄一という人です。横井さんは1915年生まれ。愛知県で洋服の仕立て屋をしていましたが、1941年に再召集され、満州を経て、グアム島に配属されます。1941年7月にはアメリカ軍が上陸し日本軍は敗退する訳です。

 

 当時、グアム守備隊壊滅後も生き残った一部の将兵は山中に撤退しゲリラ戦を行っていたのですが、1945年のポツダム宣言受諾によって日本軍の無条件降伏は知らされなかったのです。

 横井さんらはジャングルや竹藪に作った地下壕などで生活して生き延び、戦争が終わった約28年後の1972年(昭和47年)1月24日、エビやウナギをとるために罠をしかけに行ったところ、現地の住民に遭遇して、日本の投降の呼びかけで満57歳の時に日本に帰還したのです。なお、撤退当初から横井軍曹には2人の戦友が居ましたが、発見の約8年前に死亡しているのです。当時、軍事教育を受け育った人たちは「生きて日本に戻らない精神」を叩き込まれていた訳です。

 

 さて、今朝私が皆さんに話をしたいことは、横井さんの28年のジャングル人生ということもありますが、横井さんが住んでいたジャングルは日本の多くの新聞も写真入りで伝えました。しかし、横井さんが住んでいた地下壕の位置を多くのマスコミの報道からは受け取れませんでした。ジャングル・28年というところを強調されすぎました。

 なんと、横井さんの地下壕から、グアムの住民の現代的な建物がすぐそばに見えていたそうです。つまり、横井さんたちは現地の人の現代生活の近くにいたということです。

 テレビや新聞の報道は見て欲しいですが、皆さんが主体的に情報を判断する能力を養ってほしいです。