「藤原工業大学」と「藤原銀次郎さん」の話をしたいと思います。

 「藤原工業大学」というとその大学はどこにあるのだろうと怪訝に思うと思います。藤原工業大学は日本で最初に設立された私立工業大学です。現在は存在しません。

 

 今からから80年前のことですが、1939年(昭和14年)に慶應義塾の卒業生である藤原銀次郎という人が、理工系の人材育成を目的として自分の財産を寄付して、横浜の日吉に大学を設立したのです。個人の財産を投じるというのは、私たちの国では私立学校を作る時に自分の財産で土地と建物を買って国に寄付して私立学校が設立されるのです。藤原銀次郎さんが70歳の時です。

 

 そして、大学設立から5年後には藤原銀次郎さんが考えていたように慶應義塾大学へ移管されて、慶應義塾大学工学部となったのです。現在は改組されて、慶應義塾大学の理工学部です。

 

 この 藤原銀次郎さんは実業家でもあり、政治家でした。王子製紙初代社長や米内光政内閣の商工大臣、東條英機内閣の国務大臣、小磯國昭内閣の軍需大臣なども歴任した人です。

 

 前置きが長くなりましたが、この藤原銀次郎さんが大変興味深いことを言っているので紹介をします。

 「努力努力というが、闇雲な努力は牛馬の努力という。努力は牛馬でもする。工夫をするところに人間の知恵がある」。

 どうでしょうか。

 私たちは「努力」とか「頑張る」という言葉を安易に使います。

 今から学校で学習などに工夫して努力をするでしょうか、創意工夫のない努力は「牛馬の努力」と言います。

 皆さんは一味も二味も違った池田学園の生徒らしい努力をしてください。